広島海苔について

沿革(歴史と伝統)

創業明治18年。気がつくと百十有余年という歳月が過ぎていました。

江戸時代、徳川家康はいかなる季節でも活きのいい魚を食べることを好みました。
当時の人びとは天候や潮具合に関係なく新鮮な魚を納めなければならず、冷凍、冷蔵保存の技術のなかったその時代では、 生簀にとれた魚を放しておいて、その都度すくいあげる方法を考えだしました。
その生簀の囲いに利用した木の枝に、偶然についたのが海苔でした。

徳川家康の贅沢な嗜好にこたえるための人びとの工夫が、海苔の養殖のきっかけを生み出したのです。

明治18年、創業者國光百次郎は、古きよき時代の味こだわり、吟味し選りすぐった海苔を市場に届けました。
生き生きとした伝統を守りつづける、頑固なまでの味へのこだわりが、「マルヒャクのり」を育てあげてきたのです。 わたしたちは、海からの恵みを損なわないように、魂をそそぎこんで一生懸命作りつづけることだけを考えてきました。

その間百十有余年、「マルヒャクのり」はたえず人びとに愛されつづけてきました。

創 業
明治18年、創業者國光百次郎が、広島産の海苔を大阪天満市場に持ち込み海苔問屋として創業。 
以来、芸州丸百の商標で全国各地産の海苔の取扱に従事。
展 開
大正5〜6年頃、二代目國光誠一が、朝鮮で改良式の海苔の生産が開始されると、これの買付に参加。
昭和2年入札制度制定により、朝鮮総督府認可商人として、朝鮮海苔の移入販売を展開。
以来、昭和17年統制経済による営業中止迄、國光商店として、各国産乾海苔問屋および味付海苔製造販売に従事。
戦時中
海苔配給統制組合(理事長:國光誠一)として、広島県一円で業務にあたる。
昭和22年
(前身)広島県海苔荷受販売加工鰍設立。
資本金50万円、社長:國光誠一
昭和25年
商号を広島海苔鰍ノ変更。
本社を広島県安芸郡海田町稲荷町に、営業所を広島市南区的場町に置いた。
昭和40年
國光栄一が社長に就任。
昭和43年
製造部門を分離し、(株)丸百本舗を設立。
工場を広島県安芸郡海田町曽田に置いた。
昭和58年
中国食品(株)の販売業務一切を継承。
平成 3年
営業所を広島市西区商工センターに移転。
平成 4年
國光治年が社長に就任。
平成 8年
滑ロ百本舗の製造部門を吸収し、味付海苔の製造販売を開始。
平成20年
國光芳弘が社長に就任。
平成21年
國光邦子が会長に就任。

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